Life in Los Angeles.

ロサンゼルスに住む永住権者の冒険と、アメリカの日常を書きたい気分で徒然なるままにお届けします。

BLM人種差別運動とMSの解決法、それでいいの?

まだまだコロナによる社会的な自粛の影響が冷めやらぬ中、ここ最近アメリカから発信され、今や世界的なムーブメントとなった #Blacklivesmatter 運動の事はすでにニュースなどに明るいので、皆さんもよくご存知の事と思います。

 

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私自身もこの運動に対して積極的な支持と共感を送っている他、BLMムーブメントが起こる直接のきっかけとなった事件、そして歴史的な背景を伴う、黒人たちの間で長年蓄積されてきたやり場のない鬱憤などに関するところの所感などは前回のエントリーに認めておりますので、ぜひそちらも一緒にご高覧頂く事として、

 

usalife.hatenablog.com

 

本日は、書かなきゃいけない提案書の進捗がまさしくコロナ禍真っ最中のステイホーム並に 飽きている 遅くなっている最中に見つけた、とある記事の内容に少し引っかかるところがありましたので、サボるついでに 最近感じたこの問題に関連するところの私の意見を徒然なるままに書いて行ければなと思います。

 

www.huffingtonpost.jp

 

私が読んだ記事は表題の通りですが、Microsoft社が偏見の排除を目的とした社内教育を行い、2025年までに黒人の管理職を倍増させることを発表したアジェンダを簡潔にまとめた内容となっています。

 

価値観や常識の違う世界の色んな国や、ただでさえだだっ広いアメリカの各州から集まった社員の全員が同じ理解と経緯を知る人達ばかりではないと思うので、この問題に関して啓蒙する機会を持とうとする同社の教育と努力に関しては、掛け値なしに大変素晴らしい試みだなあと思います。

 

しかしその一方で、後述の特定の人種を決め打ちにしてポジションを用意するという考え方には賛同出来ず、同じように業務で努力をしている他人種に対し逆差別になるのではないか、そして時間が過ぎて人々が冷静になった時、この決定に納得できない層が異議を唱えて、現在の問題がより深刻化するきっかけになり得るのではないか、とも感じました。

 

もちろん前回のエントリーで触れた様に、彼らの長きに渡って搾取されてきた歴史と、それに伴う差別側の認識の刷新が不十分な事によって、後世にわたり社会的不利益の長さが続いてきてしまっている辛さも、他人事ではなくよく分かっています。

 

そして彼らの名誉や、社会的地位もこれまで以上に回復され続けなくてはならないでしょう。

 

そもそもBlack Lives Matter自体が(少なくとも発祥的には)アメリカにおける黒人を含めた他人種の命も白人と同じように大事で、公権力の暴走で過剰な被害に遭うことがないように闘う、という趣旨の運動なのですが、まさしくアメリカにおける被差別の事例は黒人に限ったことではありません。

 

去年度の2019年、米国最高峰の教育機関Harvard大学でも、アジア系の入学割合に少数派がついてこれないからと言う理由で、アジア系の合格率を恣意的に下げて、逆を上げると言う最高学府の決定とはとても信じがたい事件があり、現在法廷で係争中です。

   

r.nikkei.com

 

そもそも現代アメリカにおいて黒人って少数派なのか、リアル少数派の私たちから見ると疑問の方が先立ちますが、そこは置いておいたとしても、今回私が記事を読んで感じた違和感とハーバード問題、そしてデモに関連して起こっている問題の根っこは一緒です。

 

 

BLMの目的は、あくまでも「黒人を含む他人種への差別を無くす」ということであって、主流派が「黒人に対する新たな既得権を付与する」ことではないと思います。

 

日本にも在日特権というものがあってですね、とかしたり顔でフェイク語る馬鹿はこのブログ読まなくていいです。

 

そして、これに乗じて「黒人の犯罪に対して社会が心理的な免罪符を与える」ものでも決してありません。

 

cbs6albany.com

 

世界がBLMを叫ぶ中、本拠地のアメリカでは当事者が他人種に差別的な言葉を浴びせ、襲いかかる、などの上記の様な暴力事件も相変わらず起こっており、前回のエントリーで書いた様に自分たちが社会に主張している不当性を自ら覆す行為は、ムーブメントの正当性と根拠を無力化する行為に他ならず、デモから少し時間が経ち冷静になる人が多い中、目的の主流社会はもちろん、賛同している協力者にも良い影響を与えませんので、注意が必要です。

 

上記の前提を踏まえ、Microsoftの様に今回のテーマとは因果関係の全くない解決策を場当たり的に提示するのは、私の基準からはあまりにも本質から的が外れていて経営陣の思考が停止したか、もしくは市場の流れを汲みビジネス上の体裁を考えたPRとしての短絡的な措置であって、真にBLM問題の解決を考えている訳ではないのではないか、と言う感想を持ちました。

 

なぜなら、記事の通り特定の人種に対する管理者の割合を上げると宣言することは

 

(他人種と比べた)彼らの尊厳や能力とは関係なく、

 

我々主流層が特別に「あなた方の」ポジションを作ってそこに上げてあげる、もしくは保護してあげるんだ

 

という、主流派によるこれまでと同様の無意識な差別の思考の跡が消せず、全く持って問題の解決になっていないどころか、当然のことながら今回の措置に該当しない他人種の立場からは発表された割合分の昇進機会がそのまま奪われるという二重の差別となり、どちらにとっても公平性にかける結果を招いてしまうからです。

 

もしこれまでMicrosoftの人事評価で実力があったのに人種を理由に管理職へ昇進させてこなかったという事実があるのなら、まずそこを公表し、同時にその人事制度を変え、今からでも正当な人事評価に当てはめた場合どうだったか?を基準に見直して、該当者を人種に関係なく昇進させるだけで良いのではないかと思うのです。

 

BLMはとても崇高な理念の元に始まった運動なのに、前出の様な一部の心ない当事者の犯罪行為や、受け手側からの記事の様な本質ではない対処療法的な措置が後続して発信され、さらにこれらがずっとまかり通ってしまうと、「なんだよ、結局ゴネたもん勝ちかよ」と言う風に新たに不満が鬱積した層がいずれ出て来て、元来の問題定義とは異なる解釈が加わり、別の社会問題を招く原因となって、社会保安上のリスクがさらに上昇する恐れがあります。

 

そしてそのリスクを甘受し、復旧させる費用負担が我々自身の税金から支出されていくことを忘れてはいけません。

 

結論として、上記の事態を防ぐためにも、今回の運動を機に社会の歪みを徹底的にきちんと見直し、対処療法的に見えるところにだけパッチを当てて一過性で終わらせるのでは無く、問題の底の深いところまで潜って自省し、社会的な道義にも基づきながら差別撤廃の本質をみんなで探し合うステージに昇華させて行くことが大切なのではないかと思います。

 

もちろん非暴力でね、

 

今回の事態がさらに社会を成熟させる上で必要な運動であることを認識し、アメリカの黒人のみならず、世界のマイノリティが抱える共通の問題として引き続き積極的に見守っていきたいと思います。